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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13693号 判決

原告

佐川急便株式会社

右代表者代表取締役

栗和田榮一

右訴訟代理人弁護士

得居仁

品川政幸

被告

乙山花子

乙山良子

乙山一郎

右被告両名法定代理人親権者母

乙山花子

右被告ら訴訟代理人弁護士

的場武治

山田捷雄

阿部敏明

主文

一  渡邉廣康が平成三年六月一八日ころ被告らに対してした別紙物件目録記載の不動産を贈与する旨の契約を取消す。

二  被告らは、原告に対し、第一項の不動産について東京法務局墨田出張所平成三年六月二八日受付第二五六八二号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告は、平成四年五月一一日、東京都江東区新砂二丁目一番一号を本店所在地とする東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)を吸収合併し、その権利義務を包括的に承継した。

東京佐川急便の平成三年ころまでの代表取締役は渡邉廣康(以下「渡辺」という。)であり、被告らは、渡辺から別紙物件目録記載の区分所有建物(以下「本件区分建物」という。)を譲り受けた者である。

2  東京佐川急便の渡辺に対する貸付金

(一) 東京佐川急便は、渡辺に対して、その代表取締役在任中、左記の各日に、各金額を、いずれも弁済期を定めずに、利息年八パーセントの約定で、貸渡した。

(1) 昭和五八年三月二日

金三〇〇万円

(2) 昭和六〇年六月二〇日

金一〇〇万円

(3) 同年七月三一日

金七一九万四〇〇〇円

(4) 同年一〇月三一日

金一〇〇〇万円

(5) 同年一二月三〇日

金一〇〇〇万円

(6) 昭和六一年三月一三日

金一〇〇〇万円

(7) 同年三月二九日金一〇〇〇万円

(8) 同年四月一八日金一五〇〇万円

(9) 同年四月三〇日 金五〇〇万円

(10) 同年五月三一日 金六〇〇万円

(11) 同年六月三〇日金一〇〇〇万円

(12) 同年七月三一日 金五〇〇万円

(13) 同年八月三〇日金一〇〇〇万円

(14) 同年一〇月三一日

金一〇〇〇万円

(15) 同年一一月二九日金八〇〇万円

(16) 同日 金二〇〇万円

(17) 同年一二月三一日金五〇〇万円

(18) 昭和六二年一月三〇日

金一〇〇〇万円

(19) 同年二月四日 金一〇〇万円

(20) 同年三月一二日 金五〇〇万円

(21) 同年四月六日 金五〇〇万円

(22) 同年五月一一日 金五〇〇万円

(23) 同年七月一三日 金一億円

(24) 同年九月一〇日金五〇〇〇万円

(25) 昭和六三年四月五日

金一〇〇〇万円

(26) 同年九月九日 金五〇〇万円

(27) 同年一〇月六日 金五〇万円

(28) 同年一二月三一日

金二九二六万六四三九円

(29) 平成元年六月三日 金四億円

(30) 平成二年九月二八日

金一九〇〇万円

(31) 平成三年四月一日 金二億円

(32) 同年五月三一日金一五〇〇万円

以上合計金

九億八一九六万〇四三九円

(二) 東京佐川急便は、渡辺から、右合計金九億八一九六万〇四三九円の内入金として、金八六一五万五二七一円の弁済を受け、貸金残金は八億九五八〇万五一六八円となった。

3  渡辺の不法行為と東京佐川急便の損害

(一) 渡辺は、東京佐川急便の取締役に在任中、左記のとおり、東京佐川急便を貸主として回収の見込みのない後記会社に金員の貸付を行い、また東京佐川急便をして返済能力のない後記会社の債務について連帯保証させるなどした。

(1) 平成元年一二月から同三年二月までの間

平和堂不動産株式会社、株式会社平和堂(以下まとめて「平和堂グループ」ということがある。)及び他二社の合計金一八五億円の債務について連帯保証

(2) 平成二年一月から同三年三月までの間

平和堂不動産株式会社及び他一社に対して、合計金六〇億円を貸付

(3) 平成二年五月から同年一一月までの間

北祥産業株式会社(以下「北祥産業」という。)及び他一社の合計金一二二億円の債務について連帯保証並びに北祥産業及び他一社に対し、合計金三五億円を貸付

(二) 渡辺は、右貸付及び連帯保証を行うに際し、自らのあるいは相手方の利益を図りかつ東京佐川急便に損害を与える目的を有し、東京佐川急便の取締役会議事録を偽造するなどの方法を用いた。その結果、東京佐川急便は、(一)のとおりの連帯保証をしながらその求償権の行使ができず、また(一)のとおりの貸付金の返済が受けられないため、(一)の合計金四〇二億円相当の損害を被った。なお、(一)(1)及び(2)のうち、株式会社平和堂(平成四年六月二四日に株式会社ゴールデン・エポックに商号変更。以下「平和堂」という。)について詳しく述べると、同社は平成四年七月三〇日に破産宣告を受けており、同社の破産によって被った東京佐川急便の連帯保証及び貸付による損害は左記のとおりである。

(1) 金五〇〇万円

東京佐川急便の平和堂に対する平成三年七月三日付の貸付金

(2) 金三億円

平和堂が、株式会社三和銀行亀戸支店から、昭和六二年一二月二一日金三億円を借り受けたことにつき、東京佐川急便が連帯保証したことに基づいて、同社が平成四年三月三一日金三億円を代位弁済したことによる同額の求償債権

(3) 金一〇億四二五四万九九九八円

平和堂が、株式会社第一勧業銀行銀座支店から、昭和六三年三月八日金一〇億円を借り受けたことにつき、東京佐川急便が連帯保証したことに基づいて、同社が平成四年三月三一日元利金合計金一〇億四二五四万九九九八円を代位弁済したことによる同額の求償債権

(4) 金一〇億円

平和堂が、ハザマファイナンス株式会社から、平成三年二月二八日金一〇億円を借り受けたことにつき、東京佐川急便が連帯保証したことに基づいて、同社が平成四年三月一八日金一〇億円を代位弁済したことによる同額の求償債権

(5) 金一〇億円

平和堂が、ハザマファイナンス株式会社から、平成三年二月二九日金一〇億円を借り受けたことにつき、東京佐川急便が連帯保証したことに基づいて、同社が平成四年三月一八日金一〇億円を代位弁済したことによる同額の求償債権

(6) 金七億円

東京佐川急便の平和堂に対する平成三年五月三一日付の貸付金

ちなみに、渡辺は、平成四年三月六日、右(一)(1)及び(2)について、また同年六月一日に右(一)(3)について、それぞれ商法第四八六条一項の特別背任罪の容疑で東京地方裁判所に公訴提起された。

4  原告の渡辺に対する債権額

したがって、原告は、渡辺に対し、八億九五八〇万五一六八円の貸金残元金返還請求権(前記2)及び合計金四〇二億円の不法行為に基づく損害賠償請求権(前記3)を有している。

5  渡辺の被告らに対する贈与

渡辺は、平成三年六月一八日、その所有する本件区分建物を被告乙山花子(以下「被告花子」という。)、同乙山良子(以下「被告良子」という。)及び同乙山一郎(以下「被告一郎」という。)(また、三名をまとめて、以下「被告ら」ということがある。)の三名に対して贈与し(以下「本件贈与」という。)、これに基づき、東京法務局墨田出張所同月二八日受付第二五六八二号をもって、共有持分をそれぞれ三分の一とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)をした。

6  本件贈与の詐害行為性

本件贈与当時、渡辺は、本件区分建物の他に時価三億円程度の自宅の土地建物を有していただけであり、東京佐川急便に4の各債権全額の支払いをすることはできなかった。

そして、渡辺は、本件贈与当時、右の事情を知っていた。

7  よって、原告は、債権者取消権に基づき、本件贈与の取消及び本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2から4の事実は不知。

3  同5の事実は、譲渡の趣旨及び時期は争い、その余は認める。時期は平成二年一〇月であり、趣旨は後記被告らの主張のとおりである。

4  同6の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  非詐害行為性(財産分与)

被告花子と渡辺は、昭和五二年四月から平成二年一〇月末まで準婚的な内縁関係にあった。渡辺の被告花子に対する本件区分建物の三分の一の持分の譲渡は、右の内縁関係解消に伴う財産分与に他ならないのであり、債権者を害する行為ではない。

2  非詐害行為性(養育費等)

被告良子(昭和五七年七月一九日生)及び被告一郎(昭和五八年一〇月一八日生)は、渡辺と被告花子の間の子であり(渡辺は、平成六年四月一一日に認知)、本件区分建物の各三分の一の持分の譲渡は、両被告に対する養育費及び慰謝料の支払いであり、債権者を害する行為ではない。

四  抗弁

1  被告らの善意

仮に、渡辺の被告らに対する本件贈与の全部または一部が債権者を害する行為と判断されるとしても、被告らは、本件贈与を受けた当時、債権者を害すべき事実を知らなかった。

2  本件債権者取消権行使の不当性

本件訴訟は、取引の安全とは無関係であり、会社(東京佐川急便)の経営権をめぐる争いの中から、勝者が敗者の元社長(渡辺)に対する責任追求の手段として提起されたものである。そして、本件区分建物は、渡辺の背任行為によって得られた財産といえるものではなく、被告らは、右の経営権の争いとは無関係であった。しかも、本件区分建物は、渡辺と離別した被告らの唯一の生活基盤である。以上の諸事実等を考慮すると、原告の本件債権者取消権の行使は、不当なものとして許されるべきではない。

五  被告らの主張に対する原告の反論

1  財産分与の主張に対する反論

被告花子は、渡辺の愛人にすぎず、渡辺と準婚関係にあったとはいえない。したがって、その解消に伴う財産分与は考えられない。

仮に、被告花子と渡辺が内縁関係にあり、本件区分建物の持分の贈与が内縁解消に伴う財産分与の趣旨であるとしても、右持分贈与は、財産分与としては不相当に過大であり財産分与に仮託してなされた処分行為であるから、債権者を害する行為というべきである。

また、そもそも本件区分建物を渡辺が取得したことについて、被告花子の寄与は皆無であるから、被告花子が、財産分与によって本件区分建物を取得することは認められない。

2  養育費等の主張に対する反論

被告らの主張のうち、身分関係の事実は認めるが、その余の主張は争う。

仮に、本件区分建物の持分の贈与が、被告良子、同一郎に対する養育費及び慰謝料の支払いの趣旨であるとしても、養育費及び慰謝料の支払いとしては、不相当に過大であり、養育費及び慰謝料に仮託してなされた処分行為であるから、債権者を害する行為というべきである。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであり、これを引用する。

理由

一  当事者(請求原因1)

請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  東京佐川急便の渡辺に対する貸付金(請求原因2)の存否

1  証拠によれば、東京佐川急便がその代表取締役であった渡辺に請求原因2(一)のとおりの金員の貸付をした事実がうかがわれる(該当する主な証拠を当該事実の末尾に略記する。以下、事実認定については同様)。

同(1)の三〇〇万円(甲三の金銭借用証書)

同(2)の一〇〇万円(甲四の金銭借用証書)

同(3)の七一九万四〇〇〇円(甲五の金銭借用証書)

同(4)の一〇〇〇万円(甲六の小切手)

同(5)の一〇〇〇万円(甲八の請求書、同九の収入伝票)

同(6)の一〇〇〇万円(甲一〇の請求書、同一一の収入伝票)

同(7)の一〇〇〇万円(甲一二の収入伝票、同一三の小切手)

同(8)の一五〇〇万円(甲一四の普通預金払戻請求書、同一五及び同一六の仕訳伝票)

同(9)の五〇〇万円(甲一七の小切手、同一八の仕訳伝票)

同(10)の六〇〇万円(甲一九の小切手、同二〇の収入伝票)

同(11)の一〇〇〇万円(甲二一の小切手、同二二の収入伝票)

同(12)の五〇〇万円(甲二三の小切手、同二四の収入伝票)

同(13)の一〇〇〇万円(甲二五の小切手、同二六の収入伝票)

同(14)の一〇〇〇万円(甲二七の振込依頼書、同二八の小切手)

同(15)の八〇〇万円(甲二九の収入伝票、同三〇の小切手)

同(16)の二〇〇万円(甲三〇の小切手、同三一の金銭借用証書、同三二の収入伝票)

同(17)の五〇〇万円(甲三三の収入伝票、同三四の小切手)

同(18)の一〇〇〇万円(甲三五の収入伝票、同三六の小切手)

同(19)の一〇〇万円(甲三七の金銭借用証書)

同(20)の五〇〇万円(甲三八の収入伝票、同三九の小切手)

同(21)の五〇〇万円(甲四〇の収入伝票、同四一の小切手)

同(22)の五〇〇万円(甲四二の収入伝票、同四三の小切手)

同(23)の一億円(甲四四の金銭借用証書、同四五の請求書)

同(24)の五〇〇〇万円(甲四六の請求書、同四七の金銭借用証書)

同(25)の一〇〇〇万円(甲四八の収入伝票、同四九の小切手)

同(26)の五〇〇万円(甲五〇の収入伝票、同五一の小切手)

同(27)の五〇万円(甲五二の収入伝票、同五三の小切手)

同(28)の二九二六万六四三九円(甲五四の金銭借用証書)

同(29)の四億円(甲五五の金銭借用証書、同五六の仕訳伝票)

同(30)の一九〇〇万円(甲五七の払戻請求書、同五八の払込金受取書)

同(31)の二億円(甲五九の払戻請求書、同六〇及び同六一の仕訳伝票)

同(32)の一五〇〇万円(甲六四の仕訳伝票、同六五の払戻請求書、同六六の振込金受取書)

以上合計金

九億八一九六万〇四三九円

2  これに対し、渡辺は、「東京佐川急便からの借入金は一切ない。同社の決算書に渡辺に対する貸付金が記載されているが、これは単なる帳簿上の処理にすぎず、実体を欠く。」旨を証言する。(同証人調書一九ないし二一頁)

そして、右の貸付金の存否は、別個独立に東京地方裁判所平成三年(ワ)第一四四五三号貸金請求事件として当庁民事三九部で目下係争中であるとのことである(甲一〇七から甲一一九)。そのためか、右貸付金の存否の立証については、本件においては被告らはもとより原告も右別件に依存する意向が感じられるところである。

3  したがって、原告に吸収合併される前の東京佐川急便が、渡辺に、八億九五八〇万五一六八円(原告の自認する返済受領金の八六一五万五二七一円を控除したもの)を貸金債権を有していたかについては、慎重に判断する必要がある。

しかし、右のような状況を踏まえても、前記1に摘示した証拠が存在し、他にこれを否定する的確な書証等が提出されない以上、別件における立証の一部しかされていないと予想されるにもかかわらず、本件においては、右貸付金が存在すると扱うのが相当と考える。(なお、後記損害賠償債権が存在するとの立場を採るので、右貸付金の存否の判断は、本件の結論に影響を及ぼさないともいえる。)

三  東京佐川急便の渡辺に対する損害賠償債権(請求原因3)の存否

1  証拠(甲一三七・一五九の新聞記事)及び弁論の全趣旨によれば、渡辺は、平成四年三月六日に特別背任の罪で起訴され、平成八年三月二二日に懲役七年の実刑判決を受けたこと、右刑事第一審判決において、本件の損害賠償債権に関し、渡辺が被告人として認定された「罪となるべき事実」は次のとおりであることが認められる。

(一)  「第二 平和堂グループ関係事件 二 犯罪事実」

「被告人は、東京佐川急便の代表取締役としての任務に背き、平和堂グループを率いる松澤と共謀の上、自己らの利益を図る目的で、

1  平成元年一二月二二日から平成三年二月二八日までの間、前後八回にわたり、平和堂グループが多額の債務を抱えて返済能力がなく、同グループの債務を保証すれば、早晩その保証債務の履行を求められる状況にあることを認識しながら、平和堂グループ四社の総額一八五億円の債務保証をして東京佐川急便に同額の損害を与え、

2  平成二年一月二二日から平成三年三月一日までの間、前後五回にわたり、平和堂グループ二社及び松澤が多額の債務を抱えて返済能力がなく、これらに貸付けをすればその回収が危ぶまれる状態にあることを認識しながら、合計六〇億円を貸し付けて東京佐川急便に同額の損害を与えた。」

(二) 「第三 稲川会関係事件 二 犯罪事実」

「被告人は、東京佐川急便の代表取締役としての任務に背き、常務取締役の早乙女、石井、庄司と共謀の上、自己らの利益を図る目的で、

1  平成二年五月二八日から同年一一月一四日までの間、前後七回にわたり、北祥産業、北東開発が多額の債務を抱えていて返済能力がなく、両社の債務を保証すれば、早晩その保証債務の履行を求められる状況にあることを認識しながら、両社の総額一二二億円の債務保証をして東京佐川急便に同額の損害を与え、

2  平成二年九月二八日及び同年一〇月二二日の前後二回にわたり、北東開発が多額の償務を抱えていて返済能力がなく、同社に貸付けをすればその回収が危ぶまれる状態にあることを認識しながら、合計三五億円を貸し付けて東京佐川急便に同額の損害を与えた。」

2  そして、本件における直接的な証拠によれば、右の犯罪行為に関する認定が確認され、反対に右認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  渡辺は、自己の支配下にあった東京佐川急便の常務取締役の早乙女潤(以下「早乙女」という。)に命じて、仕手株の資金として必要等という平和堂等に対し、東京佐川急便名義で多額の貸付を行い、またその者らの多額の債務について連帯保証し、さらに、それらの者が困窮を訴えると、既に負担した東京佐川急便の損害の発覚と自己に対する責任追求が現実化するのを恐れ、その時点では回収不能になるおそれが極めて高いにもかかわらず、追加貸付と保証を拡大していき、次第に東京佐川急便に莫大な債務を負わせていった。そして、貸付先の一つである平和堂はその後破産宣告を受けている。また、保証した金融機関に対しては、東京佐川急便においてその保証債務を履行したが、主債務者に求償できない状態にある。(甲第八六ないし第九〇、甲第九二、九三、九五、九六、九八、一〇〇、甲第一三八号証ないし第一五三号証、証人津村秀行及び同鈴木喜一の各証言)

(二)  なお、早乙女は、渡辺の行った右貸付及び保証を正当化する手段として、真実はそのための東京佐川急便の取締役会決議がないにもかかわらず、それがあった旨を記載した議事録を偽造したこともあった(甲第一五一の四〇枚目)。

(三)  原告の経理部債権管理室長である鈴木喜一は、渡辺の右一連の違法行為によって原告が被った損害額は、起訴された罪の部分も含めると、平和堂グループの関係だけでも六二七億円に達している旨を証言している(同証人調書第四項)。一審判決の量刑理由の中でも、「本件を含む一連の不良保証、貸付が総額五〇〇〇億円を超える巨大なものであることが判明した。」と記載されている(甲一五九)。

3  以上のとおり、渡辺が行った右一連の貸付及び保証が、東京佐川急便の代表取締役としての任務に違背した違法な行為であり、しかも、渡辺はその違法性を認識していたということができる。したがって、原告は、渡辺に対し、一審刑事判決が罪となるべき事実として認定した少なくとも四〇二億円の損害賠償請求権(これは、原告が本件の請求原因3で主張する金額と一致する。)を有しているということができる。

四  渡辺の被告らに対する本件区分建物の譲渡(請求原因5)

1  本件区分建物の移転登記

請求原因5の事実のうち、本件区分建物について、東京法務局墨田出張所平成三年六月二八日受付第二五六八二号をもって、被告らに共有持分をそれぞれ三分の一とする所有権移転登記(本件登記)がされた事実は、当事者間に争いがない。

2  本件区分建物の譲渡の趣旨及び時期

(一)  渡辺の被告らに対する本件区分建物の譲渡の趣旨及び時期については争いがあり、その点は後の詐害行為該当性及び詐害の意思の認定にも重要な関わりがあるので、まず、この点を検討する。

(二)  証拠によれば、次の事実が認められる。

本件区分建物の登記簿謄本上、本件登記は、平成三年六月一八日贈与を原因とするものと表示されている(甲七〇)。また、本件登記申請手続に使用された登記申請委任状は、同月二〇日付であり、「登記の目的 所有権移転、登記原因及びその日附 平成三年六月一八日贈与」と記載され、同月二〇日付けの渡辺の印鑑証明書が添付されている(甲一〇一の一から三)。

なお、本件登記手続においては、本件区分建物の固定資産物件明細書及び固定資産評価証明書は同年四月三日付けのものが、被告らの住民票は同年五月三一日付けのものが利用された(甲一〇一の四から六)。

(三)  右の事実に照らすと、他に特段の事情があれば別であるが、そうでなければ、渡辺が被告らに本件区分建物を譲渡したのは、右登記原因として記載された平成三年六月一八日ころ贈与の趣旨でされたものと認めるのが相当である。

3  本件区分建物の譲渡の趣旨及び時期に関する特段の事情の存否

(一)  被告らは、渡辺の被告花子に対する本件区分建物の譲渡は、両者の内縁関係解消に伴う財産分与に他ならず、その時期について、平成元年夏ころから、渡辺の外泊が目立つようになり、平成二年に入ってからは、渡辺と丙沢京子との愛人関係が発覚したので、それが原因で同年一〇月末に渡辺との内縁関係が解消し、この時点で、財産分与として本件区分建物が被告らに譲渡されたと主張する。そして、同旨の供述がある(被告花子調書五四項以下、証人渡辺調書九頁)。

そこで、被告らの主張する、渡辺と被告花子の内縁関係及びその解消等との関連で、2(三)の特段の事情の存否の観点から、本件区分建物の譲渡について検討する。

(二)  証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 渡辺(昭和九年五月生)は、昭和三六年一二月一四日に順子(昭和一六年二月生)と結婚し、両名間には、昭和三八年一一月三〇日に俊雄、昭和四二年一一月七日に君子が生まれた。両名は、婚姻時から約三〇年後の平成三年七月に協議離婚した。(甲七六)

(2) 渡辺は、昭和三八年に渡辺運輸株式会社を設立しその代表取締役となり、昭和四九年九月に佐川急便グループと業務提携し、右渡辺運輸をこのグループの一会社とし、昭和五一年に商号を東京佐川急便株式会社に変更した。(甲一三八)

被告花子(昭和三三年七月生)は、昭和五二年六月、一八歳で東京佐川急便に就職した。同被告は、入社当初より、渡辺から交際を申し込まれ、昭和五七年七月に両名間の子である被告良子を、昭和五八年一〇月に被告一郎をもうけた。(甲七一)

渡辺は、昭和六三年ころ、本件区分建物を一億三八四〇万円で自己名義で取得し、ここに被告花子を住ませた。(証人渡辺調書一三頁)

渡辺は、子が生まれるまでは月五〇万円、生まれてからは月一〇〇万円を被告花子に生活費として渡し、同被告の許で寝泊まりすることが多かった。(証人渡辺調書七頁)

(3) 渡辺は、丙沢京子という女性とも交際があり、同女との間に昭和六二年六月及び平成二年三月に二子をもうけた。(甲八〇、証人渡辺調書三八頁)

(4) 渡辺と被告花子とは、法律上の婚姻関係には至らず、その後疎遠となり、少なくとも現時点では交際関係にはない。(証人渡辺調書一〇頁、被告花子調書五七項)

(5) ところで、渡辺と被告花子が親密な交際関係に入った後の昭和五四年五月、渡辺は、順子(戸籍上の妻)の居住用の豪華な建物を新築し、右建物においては、毎年東京佐川急便の幹部を招待して新年会を開いた。その席には、当時一六歳の両名間の長男俊雄も出席していた。(甲一三〇、証人渡辺調書二四、二五、三〇頁)

渡辺は、花子と親密な交際関係に入ってからも、高島平の順子の家族に毎月一〇〇万円の生活費を渡していた。(証人渡辺調書一二頁)

渡辺の住民票上の住所は、平成四年二月まで右の高島平の住居にあった。(甲七七)

(6) 他方、東京佐川急便は、平成二年中は表面的には格別の問題が生じなかったが、渡辺の東京佐川急便における前述のような不良保証に関連して、平成三年一月に入ると、月一〇億円程度の保証債務の履行をせざるを得なくなり、資金繰りに変調を来たすようになった。渡辺個人も平成三年になると手元に資金がないという状態になった。

平成三年五月末には、東京佐川急便が暴力団稲川会系企業の岩間開発株式会社に八〇億円を貸し付けているとの新聞記事が出、金融機関からの東京佐川急便に対する融資が完全にストップした。(甲一〇六、証人津村調書二項、同渡辺調書四七頁)

(7) 東京佐川急便において、経理課係長をしていた津村秀行は、(6)の記事が出た直後に現状調査を指示され、平成三年六月上旬には、調査を終えた。それによれば、東京佐川急便がした債務保証と貸付は、稲川会系企業だけでなく、数十社に及び、金額は合計四〇〇〇億円近くあることが判明した。

その結果、当座の資金として、東京佐川急便は、一五〇〇億円程度が必要であると考えられ、同月一〇日早乙女の命を受けて、津村が京都の佐川急便株式会社本社を訪ね、調達を相談したが、本社にもその力はなかった。

そこで、渡辺は、有力政治家を頼り、金融機関からの支援を願い出たが、再建策を示すことができずに融資を断られ、同月一六日(日)の対策会議において、東京佐川急便は、遂に資金繰りがつかず再建のための方策が万策が尽きたことが確認された。(甲一〇六、証人津村調書九項)

渡辺は、平成三年七月一一日、東京佐川急便の代表取締役の地位を、同月一八日取締役の地位も解任された。(甲一三八の二枚目)

(8) 渡辺は、平成三年三月ころ、東京佐川急便の資金繰りが緊迫していた事実を認識していたが、詳細は部下に任せていたため、詳細な現実認識は遅れていた。渡辺は、津村の調査結果を聞いた時に、初めて事態の重大さを真剣に受け止めるに至った。(甲一四九の三九・四〇頁、甲一〇六の一〇項)

(三)  前記2及び右3(二)の事情を総合すると、次のように推認するのが相当である。

渡辺は、平成三年四月ころには、東京佐川急便の倒産及び自己の解任等の責任追求のおそれを感じるようになり、万一の場合に備え、自己の財産の処分及び隠匿と被告らの生活の保証とをかねて、自己名義であった本件区分建物を被告らの名義に移転することを自己の頭の中だけで考え、それに必要な固定資産物件証明書及び評価証明書を同年四月三日に取得した。ただし、直ちにこれを実行に移すことなく、危機乗り切りのために必至の努力をしていたが、同年六月一六日に万策が尽きたので、予定の行動を実行に移すこととし、同月二〇日付けの印鑑証明を用意し、同月二八日付けで移転登記をしたものである。

被告花子は、渡辺と二人の子をもうけるほどの親密な関係にあり、渡辺が同被告の許で寝泊まりしている期間も多かったのであるから、渡辺と内縁関係にあったということができる。

そして、他に本件贈与については特段の事情があるとはいえず、2のとおり、渡辺は、本件区分建物を平成三年六月一八日ころ、自己の財産の隠匿及び被告らに生活を保証する趣旨で贈与したものというべきである。

(四)  被告らの細目的主張について

(1) 被告花子は、渡辺の丙沢京子との関係が発覚したのでこれに激怒して渡辺との関係を解消し渡辺から本件区分建物の贈与を受けたもので、その時期は平成二年一〇月ころと主張する。

しかし、被告花子と渡辺との関係の解消の理由が右のとおりであるとしても、本件贈与の時期について、右のようにいうことはできない。すなわち、内縁関係解消とされても、その解消に伴う財産的給付については、贈与税を課税されるのが通例であり、本件区分建物の贈与税は五〇〇〇万円にもなると考えられる(被告第一準備書面末尾の記載参照)。ところで、贈与の時期が被告ら主張のとおりであるとすれば、渡辺はそのころ資金不足という状態ではなかったのであるから、それにもかかわらず贈与税相当額を手当てすることなく、かつ、移転登記もせずに、それ以前から被告らが占有している本件区分建物について、単に被告らに贈与するとの意思表示だけをあわててしたということになる。これはいかにも不自然である。

また、そもそも、前述のとおり、渡辺と丙沢京子との間には、昭和六二年六月一二日子が生まれており、他にも、渡辺が昭和六〇年ころ、別の愛人をつくっていたことに照らすと(証人渡辺調書三四頁)、渡辺が既に平成元年以前から複数の愛人を抱えていたことは、被告花子において気付いていたはずであり、少なくとも、平成元年夏ころになって、突如として、渡辺の外泊が目立ち、平成二年に入ってから、渡辺と丙沢京子との愛人関係が発覚したという被告らの主張自体いささか不自然というべきである。

(2) また、被告花子は、本件登記が、その後遅れて平成三年六月二八日になされたのは、渡辺の愛人の発覚で被告花子がノイローゼ状態に陥り、登記書類の準備を怠っていたからだと主張する。

しかし、証拠によれば、内縁関係解消以前から、すでに被告花子が渡辺の浮気に感づいていた事実(被告花子調書五五項)、別れたと主張する平成二年一〇月以降も、被告花子が渡辺に電話をかけていた事実(同調書七一項)、登記手続には受贈者側の印鑑証明等は不要であるから、渡辺が登記手続をやろうと思えばできる状態にあったこと等の事実が認められ、これらの諸事実等に照らすと、被告花子の右供述はいずれも信用性は低いというべきである。また、半年以上も登記手続を怠っていた理由としては、主張自体十分な説得性を持たないというべきである。

4  譲渡の詐害行為性の存否

(一)  被告らは、内縁関係解消に伴ってされた本件区分建物の譲渡(本件贈与)は、渡辺の他の債権者に対する詐害行為に該当しない旨を主張する。

(二)  確かに前示の事実関係からすると、被告花子と渡辺との関係は、内縁関係といってよいものと考えられる。そして、一般に内縁関係の解消にあたっては、離婚(法律上の婚姻関係の解消)における財産分与に関する規定もある程度は準用されると解するのが相当である。ところで、離婚の場合には、分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反し、不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として債権者による取消の対象となり得ないものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年一二月一九日判決民集三七巻一〇号一五三二頁)とされている。したがって、この考え方が、内縁関係解消に伴う財産の譲渡に準用されないかが問題となる。

しかし、本件の渡辺と被告花子の関係は、先に渡辺の順子との法律婚が存する上での、いわゆる重婚的内縁関係(なお、後記(三)参照)というべきである。そして、このような重婚的内縁関係の解消の場合には、直ちに離婚の際の規定のすべてが当然に準用されるとすることはできない。右の内縁に財産分与の規定がある程度準用されるとすることまではよいとしても、詐害行為との関係でも無制限に準用されるとするのは相当でない。というのは、法律婚の解消に伴う財産分与が原則として右法理により詐害行為の対象とならないので、それに加えて重婚的内縁の解消に伴う財産の譲渡が原則として詐害行為の対象とならないとすれば、一般債権者は通常の場合に比べて重婚の数だけ不利益を受けることとなり、逆にいえば、法的に本来は認められていないはずの重婚を第三者に対する関係でも容認することに他ならないからである。

そうすると、重婚的内縁関係の解消に伴う財産の譲渡が譲渡当事者の一般債権者に対して原則として詐害行為とならないということは極めて困難である。仮に例外の場合を想定するとすれば、法律上の婚姻が破綻しており、かつそれについて財産分与行為がおよそ考えられないという稀な場合ということになる。

(三)(1)  そこで、念のため、本件の法律婚と重婚的内縁との関係をみると、前示のとおり、順子の住居地は渡辺の新年会の主催地及び住民票記載地である。したがって、渡辺は、被告花子と重婚的内縁関係に入ったと主張される昭和五二年四月以降も、依然として戸籍上の妻(順子)との関係を継続していたとみるのが相当であり、渡辺と順子との間の法律婚は未だ形骸化してはおらず、両名は事実上の離婚状態にはなかったといわなければならない。

(2) この点に関し、渡辺は、渡辺と順子との夫婦仲は冷えきっていて昭和五〇年ころから別居していたこと、取引先との交際の関係で正月に一日か二日、戸籍上の妻宅に戻った外は、出張などがない限り被告方に帰宅していた旨を証言し(証人渡辺調書五頁)、被告花子も同旨の供述をする。しかし、証拠によれば、渡辺が、被告花子との内縁関係の存続中、被告花子に時折要求されながらも、結局法律婚解消の手続きを一切とらなかった事実(被告花子調書三四、三六、三七項、甲第一五四号証ないし一五七号証)、渡辺が被告花子との間の二人の子を平成六年四月まで認知しなかった事実(甲七一、乙一二)、被告花子が、渡辺の妻として東京佐川急便の幹部等に一切紹介されたことがない事実が認められ(被告花子調書四一ないし四六項)、反面、前示のとおり、正月だけとはいえ、順子方には幹部が招待されて長男俊雄も同席していた事実をも総合すると、渡辺が被告花子との内縁関係に入った以降も、なお渡辺と順子との法律婚はともかくも存続し、事実婚との両立がはかられていたとみるのが相当である。

(3) のみならず、ここで最も注目すべきなのは、渡辺が順子に財産分与している事実である。すなわち、証拠によれば、渡辺は、前示のとおり本件贈与から一か月後の平成三年七月一九日に順子と協議離婚し、それまで順子が住んでいた渡辺名義の高島平の土地建物(昭和五四年新築)を、平成三年七月二二日財産分与を原因として順子に譲渡し、その旨の移転登記をしていることが認められる(甲一三〇)。

したがって、右に加えて、本件区分建物の被告花子に対する譲渡が原則として詐害行為の対象とならないというのは、いかにも不合理なことといわざるを得ないのである。

(四)  そうすると、本件区分建物の譲渡(本件贈与)が原則として詐害行為該当性を有しないということはできないのである。

5  本件区分建物の被告良子及び一郎に対する譲渡と詐害行為性

(一)  被告花子に対する譲渡は、本件区分建物の三分の一の持分についてであり、残持分の譲渡は被告良子及び一郎に対するものである。

被告らは、後者の譲渡は、養育費及び慰謝料の支払いとして詐害行為に該当しない旨を主張する。

渡辺が、慰謝料は別として、被告良子及び一郎に対し養育費の支払義務がある(親権を行使している被告花子に対する支払いと構成される場合もあるが、子自身への支払いとする構成もあり得る。)との部分は否定できないところである。

しかし、養育費の支払いが常に詐害行為に該当しないとの規定は存在しない。ここでは一部の債権者(子)に対する養育料債務の支払いのためにする本件区分建物持分譲渡という代物弁済が詐害行為となるかの観点から、検討すべき問題と解するのが相当である。

(二)  被告らは、被告良子及び一郎がそれぞれ成年に達するまで、一人あたり月一七万円の養育費の支払いを受けられるものとして主張している。しかし、たとえ渡辺の従前の高額な収入を考慮したとしても、現在における渡辺の事実上の無資力状態、渡辺に良子及び一郎以外にも複数の未成熟子がいる事実等を考慮すると、被告らの主張する月一七万円の養育費は高額にすぎる。被告良子及び一郎に対する養育費は月七万円程度とするのが相当である。他方、証拠によれば、本件区分建物の平成四年四月時点での譲渡価格が二億六〇〇〇万円程度である事実が認められる(甲一三二、証人鈴木調書二八項)。そうすると、右被告両名に対する成年に達するまでの養育料の一括支払いとして、本件区分建物の持分三分の一ずつを代物弁済するというのは、不相当に過大な代物弁済であり、詐害行為性を有するといわざるを得ない。

(三)  なお、被告らは、養育費の外に慰謝料請求権も認められると主張し、その理由として、渡辺が被告花子と婚姻しないまま自己の不貞等の原因で同女との内縁関係すらも破壊して、結局被告良子及び一郎において嫡出子の地位を取得する可能性を奪い、将来被告良子及び一郎に不利益を負わせることとした点を挙げている。

しかし、嫡出子の地位を得られなかったことをもって直ちに慰謝料請求権を発生せしめることは困難であるし、他に渡辺が子らを遺棄して省みない等の事実を認めるに足りる証拠もない。

したがって、慰謝料の支払いであるから詐害行為該当性がないとする被告らの主張を認めることはできない。

五  渡辺の無資力性及び渡辺の詐害意思(請求原因6)

1  渡辺は、平成二年一〇月当時有していた財産として、本件区分建物以外に、東京佐川急便の株式九万六〇〇〇株及びその関連会社の株式、高島平の土地建物(順子の居宅)を挙げ、また、その他にも東京佐川急便からの年二億数千万の収入と、年一千数百万円の配当収入を得ていた旨を供述しており(証人渡辺調書一一頁以降)、被告らも右に沿った主張をする。

確かに、渡辺が右のような財産を有していたことは、前示の事実からうかがわれるところである。しかし、渡辺の不良保証等のために、東京佐川急便は倒産状態にあり、現にそのことが判明してからは、その株式については配当金もなくなり、時価も大幅に低下したのである(甲二)。しかも、前記二及び三で判断したとおり、渡辺は、右財産価値をはるかに上回る負債(損害賠償債務)を抱えていたのであるから、平成三年六月当時、渡辺が資産負債を合算すると無資力状態にあり、原告の債権を満足させるに足りるだけの財産を有していなかったのは明らかといわざるを得ない。

そして、前記説示に照らすと、渡辺は、本件区分建物を被告らに譲渡した平成三年六月一八日当時、右二から四の事実を知っていたと認めるのが相当である。すなわち、渡辺は、本件区分建物の譲渡が東京佐川急便を害する結果になることを知っていたというべきである。

六  被告らの善意(抗弁1)の有無

1  被告花子について

被告花子は、渡辺との内縁関係解消に至るまで、家事育児に専念しており、この間東京佐川急便内部の具体的事情は全く知らされておらず、平成四年四月二三日に本件区分建物に仮処分がなされてはじめて、渡辺が東京佐川急便から責任追求されているのを知ることになったと主張し、その旨を供述する(被告花子調書一四項)。また、渡辺も右に沿った証言をする(証人渡辺調書二一頁)。

しかし、渡辺が、少なくとも平成三年六月に入ってから、東京佐川急便から責任追求され、引いては刑事事件に発展するかもしれないことを認識していた事実に照らせば、渡辺と別居後も同人と連絡をとっていた被告花子としては(被告花子調書七一項)、渡辺が会社から責任追求される地位に立っていたことを同人から聞かされるなどして、あるいは同人の尋常ではない態度から察知するなどして、渡辺の置かれた右事情を認識したものと推認される。被告花子は、その上で、渡辺と合意の上、本件区分建物の登記名義を、渡辺から被告らに移転したこととなる。したがって、被告花子は、本件区分建物の贈与及び登記の移転が、東京佐川急便の渡辺に対する責任追求が現実化した時のための防衛手段になることを(すなわち、原告を害する結果となることを)承知していたものというべきである。

2  被告良子及び同一郎について

(一)  被告良子及び同一郎が、本件区分建物の贈与当時、幼年者(被告良子八歳、被告一郎七歳)であったことからすれば、両名の詐害の認識の有無は、その法定代理人たる花子についてこれを定めることになる。してみると、1の認定事実より、被告良子及び同一郎についても、同じく害意が認められるというべきである。

(二)  なお、被告らは、本件区分建物の右両名に対する贈与は負担のないものであるから、被告良子及び同一郎は、法定代理人たる花子の同意なくして独立に贈与を受けられるのであり、したがって、詐害の認識の有無も花子とは別個に考えるべきだと主張する。

しかし、本件で問題とされているのは、区分建物の持分の受贈及び移転登記を受ける行為であり、被告良子及び一郎に意思能力まではあったとしても、親権者等の助力なしに右行為をすることはできなかったため、被告花子が代理して行ったものである。そうである以上、右行為時における詐害の意思の存否は、代理人について判断すべきである。被告らの主張は独自の見解であって、採用することはできない。

七  本件債権者取消権行使の不当性(抗弁2)の有無

1  被告らは、本件訴訟が、取引の安全とは無関係の会社の元社長に対する責任追求の手段として提起されているから不当であると主張し、その理由として、債権者取消権は、債務者が取引上一方で利を得ていながら、他方でその責任財産を減らすことは許されないという点にあるとする。

しかし、右は、債権者取消権の趣旨について独自の見解に立つものであって、採用することはできない。のみならず、渡辺のした違法な保証について、会社が金融機関等に保証債務を履行した結果生じた求償のための損害賠償債権も多く存し、それらについては、実質的には取引の安全を守るための行使になっている面がある。

2  また、被告らは、本件が会社の経営権争いの中で起こされたものであると主張する。

しかし、前記二及び三の認定事実及び渡辺が特別背任罪で東京地方裁判所に起訴され、有罪判決が下された事実(甲第一五九号証)、渡辺の支配下にあった早乙女にも同じく有罪判決が下された事実(甲第一五三号証)等によれば、被告らの会社の経営権争いの中で起こされたものであるとの主張は認められないというべきである。したがって、被告らの標記の主張は、前提において失当である。

3  さらに、被告らは、本件詐害行為取消権の行使により、被告らの唯一の生活基盤が失われると主張する。

確かに、渡辺が事実上無資力にある現在、被告らが生活基盤としている本件区分建物を失うときに被る打撃の大きさは想像に難くない。しかし、被告らが被る不利益もさることながら、原告がこの間被った莫大な損害及びその原因が原告及び東京佐川急便の監督権を超えた渡辺の個人的な違法行為にある点、渡辺及び被告らの詐害性、並びに原告の社会的責任を考慮すると、他に原告の不当性を認めるに足りる証拠もない以上、原告の本件詐害行為取消しの主張を不当ということは困難といわざるを得ない。

4  右1から3のとおりであり、本件詐害行為取消権の行使が不当であるとの被告らの主張は、前提事実の一部が認められず、また、独自の採用できない主張を前提とする点があり、結論的に認めることのできないものである。

八  結論

以上のとおりであり、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官岡光民雄)

別紙物件目録〈省略〉

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